FC2ブログ

その㉑


公開論議における総括 ㉑
http://www.go.tvm.ne.jp/~koide/Hiroaki/remark/sotensya/Q-No21.pdf

回答㉑
6月7日付「公開論議における総括」をいただきました。相変わらずの石川さんらしい文章で、私はいつものように呆れました。しかし、一応石川さんは「総括」のおつもりのようですので、私も総括的にお答えします。

かつての戦争で、米国は広島・長崎に原爆を投下しました。一瞬のうちのそれらの街は壊滅し、そこで日々の生活を営んでいた多数の非戦闘員が無惨な死を強いられました。そして、その原爆の圧倒的な威力を「平和」利用すれば日本のためになる、ひいては人類のためになると考えた人々がいました。しかし一方には、「平和」利用などと言っても、核に手を染めれば「軍事」利用の呪縛から逃れられなくなるとして、学術会議の場で多くの学者が「原子力平和利用」に反対しました。ご承知のはずですが、それを打ち破ったのは当時改進党の代議士だった中曽根康弘です。彼は 1954 年 3 月 3 日、突如として国会に原子力予算を提出しました。ちょうど米国のビキニ水爆で第 5 福竜丸が被爆し、母港である焼津に向けて帰りを急いでいた時でした。その予算額は 2 億 3500 万円で、何と核分裂性ウラン(ウラン 235)の質量数との語呂合わせでした。そんなふざけた予算も大きな議論のないまま成立してしまい、日本は一気に原子力開発にのめりこむようになりました。日本中が原子力の夢に酔っていた当時、例えばある新聞は以下のように書きました。
-----------------------------------------------------------------------------------------
「さて原子力を潜在電力として考えると、まったくとてつもないものである。しかも石炭などの資源が今後、地球上から次第に少なくなっていくことを思えば、このエネルギーのもつ威力は人類生存に不可欠なものといってよいだろう。(中略)電気料は 2000 分の1になる。(中略)原子力発電には火力発電のように大工場を必要としない、大煙突も貯炭場もいらない。また毎日石炭を運びこみ、たきがらを捨てるための鉄道もトラックもいらない。密閉式のガスタービンが利用できれば、ボイラーの水すらいらないのである。もちろん山間へき地を選ぶこともない。ビルディングの地下室が発電所ということになる」(1954 年 7 月 2 日、毎日東京新聞)
-------------------------------------------------------------------------------------------
しかし、日本が原子力に手を染め、すでに 55 基もの原子力発電所を林立させてしまった現在、日本の電気料は世界一高いものになってしまいました。もちろん原子力発電所は火力発電所をはるかに越える巨大工場となり、ビルディングの地下を含め都会には決して建設できないものでした。

そして、もっと突き詰めて言えば、原子力の資源であるウランなど「まったくとてつもない」ものどころか、大変貧弱な資源でした。ウランは石油に比べても数分の 1、石炭に比べれば数十分の 1 しかないという資源で、そのようなものを「人類生存に不可欠のもの」と錯覚したことがそもそもの誤りでした。そのことはすでに私から石川さん宛ての回答(2006 年11 月 7 日付、1 頁)に具体的なデータをつけて示してありますので、もしお忘れであれば、読み直してください。一応、図だけ再掲しておきます。

        21_202005231336334a7.jpg

石川さんは、だからプルトニウムを利用するのだとおっしゃるのでしょうが、プルトニウムはもともと原爆材料として作り出された物質ですし、人類が遭遇したうちで最高度の毒性を持つ物質です。それを大量に流通させるようなことをすれば、地球の生命環境が脅かされるのみならず、かつてドイツの哲学者ロベルト・ユンクが喝破したように、すべての国は警察国家とならざるを得ません。そんな未来は願い下げです。

では、どうすればいいのか? 結論は明白です。これまでのようなエネルギーの浪費をやめ、エネルギーの消費量が少なくても人々が平和で安全に生活できる社会構造を作ることです。そのためには、世界全体の変革が必要であり、困難で気の遠くなるほどの作業が必要です。ただし、何よりもまず必要なことは日本を含めたエネルギー浪費国家が自国でのエネルギー消費量を減らすことです。先のサミットで、日本は 2050 年までに世界の温室効果ガスの排出量を 50%減らすと提案しました。しかし、京都議定書で、2010 年から 2020年の時点で 1990 年に比べて温室効果ガスを6%減らすと約束した日本は 2007 年現在、1990 年に比べて 8%も増加させています。自分の約束も守らない国が偉そうにお題目を唱えても誰も信用しません。それなのに、その提案を何と「安倍イニシアチブ」と言ったのだそうで、その軽薄さに私は呆れました。

さらに、石川さんはパトリック・ムーア氏を持ち出して、原子力が必要だと抗弁していますが、温暖化の本質はエネルギー浪費自体にあるのです。それを理解できないムーア氏が愚かなのです。日本の原子力関係者は自分たちの利益のために、いっせいにムーア氏を神様のように祭り上げましたし、石川さんも同じです。愚かさの上塗りとでも言えばいいでしょうか。 安倍が言おうと言うまいと、現在の日本のエネルギー消費量は半減すべきものです。ただし、半減できたとしても、いずれにしてもエネルギーが必要であること自体は変わりがありません。そのために、地下資源が少ない日本が考えるべきは太陽エネルギーの活用なのです。これもすでに前頁に再掲した図に示したように、太陽は、地球が 46 年の歳月をかけて育んできた地下のエネルギー資源に比べて、はるかに巨大なエネルギーを毎年毎年地球に届けてくれています。もちろん、太陽エネルギーも人類だけが使っていいものではありませんので、生態系を破壊しない程度の量を、破壊しないようなやり方で、ありがたくいただくしかありません。

原子力などに期待を寄せることはもともと馬鹿げたことです。そして、原子力発電所など即刻全廃しても、電力供給にはまったく支障がないということも、すでに私は具体的なデータをつけて示しました。一刻も早く夢から覚めて原子力を廃絶し、化石燃料の使用も減らしながら太陽エネルギーの活用の道を築くことが必要なのです。

もちろん、そうするためにはたくさんの困難もあるし、長い時間がかかることも当然です。だからこそ一刻も早くきちんとした政策を構築しなければいけないのです。ところが、日本では一部の利害関係者だけで政策が策定されてしまい、呆れたことに最近では「原子力立国計画」などと言ってますます原子力への傾斜を深めようとしています。そして、石川さんにいたっては、「国の政策を決定する際、『その時々の権力者が中心となるのは世の常であり、万国共通』といっても過言でありません」(2007 年2月 8 日付、1 頁)と言って、はじめから国の政策に屈服してしまって議論を始めます。このような議論をするのであれば、常に権力が敷いた路線を守ることしか出来なくなります。私はそうではなく、未来を築こうとしています。そのための原則的な方向はここでも述べたとおりであり、その実現のために、私は私の力を使おうとしています。

石川さんは今回の文書に、滋賀県、高知県、福島県などの行政とのやり取りを書かれてこられましたが、私から見れば、石川さんの主張より各県関係者の主張の方がはるかにまともです。福島県の方にいたっては私の主張を「きれいに纏めていますね」と評価してくださったそうで、ありがたく思います。石川さんは私が示している方向を実現するための具体策を私が示していないとご不満なようです。しかし、私は原子力を即刻全廃すべきであり、それが可能であることも具体的なデータをつけて示していますし、長期的には太陽エネルギーに依存する以外にないことも具体的なデータを付けて示しています。もし、その基本的な方向について合意できるのであれば、次には個々の政策を作って行く作業が必要となり、それは多数の組織や個人が集めって利害を調整しながら行くしかないのです。

その作業が具体的にどのようなものになるかも、私はすでに「2010 年日本エネルギー計画・地球温暖化も原発もない未来への選択」を紹介して示しています。石川さんは、私に具体策を求める前に、京都議定書、あるいは 2050 年に温暖化ガスを半減すると表明した日本政府にこそ具体策を求めるべきでしょう。もちろん、すでに京都議定書を守ることはまったく出来なくなっていますし、2050 年の目標を実現するための具体策など何ら示されていません。石川さんは、福島県の人に「国や事業者から相手にされない」文書は意味がない」と説教を垂れたようです。石川さんはお好きなように国や企業の提灯持ちをしてください。

すでに今日では、若者を含め多くの人たちが、エネルギー浪費の弊害に気づくようになっており、それぞれに個性を生かして、エネルギー浪費社会を変える活動を始めてくれています。私はその人たちと共に活動します。

石川さんは今回の文書の冒頭で「小出さんは、『石川さんが公開質問状を送ってこられるので、私はお答えしているのです』と錯覚されているようですね。昨年 12 月 8 日以降、私が求めているのは反論であって解答ではありません」と書かれて来ました。ここを読んで私は噴出しました。錯覚しているのは石川さんです。私は当初から石川さんの議論には価値がない旨お答えしています。しかし、自分の発言には責任を持つつもりですので、私の発言に対するご質問であれば、それがどなたからのものであれ必ずお答えします。そして実際に石川さんからの思い込みの羅列に対しても、今回の文書でもそうしたように何度も繰り返しお答えしてきました。ただし、私は現在の国のやり方に抵抗するために 1 日 48 時間欲しいと思い続けています。石川さんから思い込みを押し付けられる行政の担当者もお気の毒と思いますが、石川さんの議論の相手をする責任ならもともと私にはありません。すでに石川さんとのやり取りは 21 回となり、石川さんご自身も認識されているようにすでにまったくの「不毛の論争」になっています。ただし、そのやり取りはすべて公開しましたので、どうして「不毛」になったのかは読者に判断を任せればすみます。石川さんは私に対して回答を求めているのではないとのことで、それなら、これ以上「不毛の論争を繰り返す愚」はお断りします。

国の愚かなで過酷なやり方のために、多くの地域で深刻な対立が生み出され、たくさんの人々が傷つけられてきています。私はできればその人たちに寄り添いたいと思いますし、国に抵抗するためにこそ私の時間を使います。  以上



この質問者、妄想列車は加速しまくり遠心力で宇宙の果に飛んで行けばいいのに・・・
小出先生は本当に誠実な人なんだなぁ 繰り返し繰り返し訳のわからん暴言を浴びせかけられても全く動じず(当たり前)最初から一貫した普遍性に満ち溢れ愛がこもった返答がなされているのが本当にすごいと思う 金太郎飴みたいにどこをとっても同じ、辻褄が合わないところがない!
見れば見るほど読者は質問者なんてどーでも良くなって小出先生の人となりに感銘しちゃうのである
(でも本当はあまりにも失礼過ぎて後ろ回し蹴りを食らわせたい)



今断捨離をしている
いつ死ぬかもしれない
なるべくみんなに迷惑をかけないようにしておかないとならぬ
捨てがたい素敵な器を発見
早速 ほうれん草のおひたしを入れてみる 可愛い
これは筒茶碗(お茶の)かしら なんだろう
食卓に並んだ料理の前で院長がこの器を凝視 ガン見


     IMG_7376.jpg


院長
「わし これ知っている」
あたし
「2階の開かずの棚の中にあったんだよ」
院長
「・・・・・・・これ・・・」
あたし
「なにこれ? 大おばさまの茶道具?」
院長
「いいや・・・・線香立てだったやつ」
あたし
「・・・・・・せっせっ」


                        3hyogo21.jpg

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する