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あべのますく のおかげさま

今日はドコモから配信されてくるニュースが面白かったので紹介するね 
筆者は石原壮一郎氏

 * * *
「おかげさま」という言葉は、もっとも美しい日本語のひとつ。具体的な行為や相手に感謝を伝えるときにも、神仏など目に見えない力に漠然と感謝するときにも使えます。いろんな場面でサラッと「おかげさまで」と口にできるかどうかが、一人前の大人か否かの境目といっても過言ではありません。

 長引くコロナウイルスとの戦いによって、経済もひとりひとりの心身も激しく疲弊しています。誰もが怒りやイライラの感情に支配され、世の中全体がギスギスした雰囲気に包まれている今だからこそ、大切にしたいのが「おかげさま」の気持ち。

 コロナ禍における政府の対策でもっとも評判が悪かったのは、全世帯に2枚ずつ配布するとした布製マスク、通称アベノマスクではないでしょうか。最初に話を聞いたときには、多くの人が激しく意表を突かれてひっくり返りました。

 安倍首相が配布を表明したのは4月1日。厚生労働省のHPによると、50日ぐらい経った5月21日現在、配布が始まっているのは13都道府県のみ。あとは「準備中」となっています。ウチにもまだ届いていません。そうこうしているうちにドラッグストアなど店頭にも、まあまあ妥当な値段で高性能のマスクが並び始めました。

 アベノマスクに関するあれやこれやに対して、批判したり嘲笑したりするのは簡単です。しかし、もうこれ以上マイナスの感情は抱きたくはありません。困難を承知で、美しく清々しい「おかげさま」という言葉と、トホホの極致であるアベノマスクを結び付けてみましょう。これも、大人としてひと皮むけるための修行です。

「アベノマスクのおかげさま」と言える10の気づき

① 大ブーイングを受けるのは明らかなのに、誰も「やめたほうがいい」と言えなかった。そのことで官邸が絶望的に感覚がズレていて、自浄能力がないことを教えてくれた

② それでも無理やりな理屈で擁護する声がネット上に散見されたことから、人の価値観はさまざまだなあという思いや、ネットの裏に広がる闇のようなものを感じさせてくれた

③ あれに466億円だか90億円だか、いずれにせよ巨額の税金を使い、さらに検品に8億円もかけるらしい。それを聞いて、政府は計算が苦手だということがよくわかった

④ いつまでたっても配布できないことで、たぶん優秀なんだろうと思っていた日本のお役所のシステムが、じつはけっこうポンコツだということを教えてくれた

⑤ 巨額の契約なのに何だか不透明だったり不良品があまりに多かったり、どんな時でもお金儲けが上手なひとがいて、お役人はそういう人に騙されやすいことがわかった

⑥ 閣僚のみなさんは、ほとんどアベノマスクを着けていない。もしかしたら安倍首相は、想像以上に人望がなくて尊敬もされていないんじゃないかと心配な気持ちになった

⑦ 布マスクは、ウイルスの感染には効果が薄いとされている。それを政府が推奨したことで、日本人たるもの重視すべきは「世間の目」であるとあらためて認識させてもらった

⑧ 店頭にマスクが並び始めて値段も下がったのはこの政策の成果だと言い張っている姿を見て、政治家という人たちがいかに臆面もなく自己を正当化をするかがわかった

⑨ 多少は配布されているはずの東京都でも、これを着けて歩いている人は見たことがない。日本人の美意識や恥の感覚はまだまだ捨てたもんじゃないと感じさせてくれた

⑩ あのタイプのマスクを久しぶりに見て、小学校の頃の給食当番を思い出し、甘酸っぱい気持ちにさせてくれた。実際に付けたら、もっとありありと思い出すかもしれない

 ああ、こんなにたくさんの気づきを与えてくれていたなんて。もしかしたら、極端にダサいマスクにしたのも、不良品がたくさん混じっていたのも、製造に至る過程や配布がグダグダなのも、こうした恩恵を国民に与えようという深慮遠謀があったのかもしれません。

 確実に言えるのは、まさにアベノマスクのおかげさまで、国民全体の危機感(黙って政府の言うことを聞いていたらとんでもないことになる)は高まりました。多くの人が不自由な自粛生活に耐えて、今のところ新しい感染者が減っているのも、多くの批判を受けて政府が一律10万円給付を決めたのも、アベノマスクのおかげさまです。

 アベノマスクというでかい石ころから広まった波紋は、どんどん大きな波となっていきました。検察庁法改正案の今国会成立が見送りになったのも、驚きの展開で黒川検事長が辞職することになったのも、広い意味ではアベノマスクのおかげさまと言ってもいいでしょう。

 ありがとう、アベノマスク! やがて届いたら、静かに手を合わせ、複雑な感情を抱きつつ、あらためていろんな意味で「ここで気を緩めてはいけない」と自分に言い聞かせたいと思います。

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その㉓ 完


公開論議における総括Ⅲ ㉓
http://www.go.tvm.ne.jp/~koide/Hiroaki/remark/sotensya/Q-No23.pdf

回答㉓
前回の私からの回答(6 月 25 日付)で、私は「前回も明白にお断りしたことですが、石川さんと私の双方が認める「不毛の議論」のために、私の時間をこれ以上使うことはお断りします」と書きました。その文章に続けて私は「石川さんが日本語を理解できることを願います」と書こうとしたのですが、これだけはっきり書いているし、余計なことを書くのは余りに失礼だと思い、やめにしました。しかし、どうしたことか石川さんから7月3日付「公開論議における総括Ⅲ」なるものが届きました。再度書いておきますが、「何故、不毛の論争を繰り返す愚を理解されないのか不思議でなりません」と書かれてきたのは石川さんです。余りに馬鹿げた作業に時間を使うことはお互いにとって無益です。石川さんとの不毛の議論のために私の時間を使うつもりがないと書くのはこれで三度目ですが、日本には「仏の顔も三度まで」、「三度目の正直」という諺があります。何故、石川さんの議論が不毛か、いくら書いても石川さんには理解する気がないようですが、最後にもう一度だけ書いておきます。

石川さんは今回の文書でも、例によって「愚痴」「自己陶酔型の論調」「綺麗な風船」「環状論」とレッテル張りに終始するだけで、私の主張自体には反論しないまま、ただただ具体策、具体策というだけです。すでに今回のやりとりで23回目になりましたが、原子力は資源的に貧弱であること、その様なものに夢を掛けたことが間違いであること、高速増殖炉は実現しないし、プルトニウムには手を染めるべきでないことを私はデータを付けて示しました。また、今後は何よりもエネルギー消費を減らすことが大切であること、そして、長期的には太陽エネルギーに依存するしかないことを、それぞれデータを付けて示して来ました。

さらに、電力供給という意味では原子力から即刻撤退することも可能であることを、これまたデータを付けて示しました。前回の石川さんの文書には、「この程度のことは、責任を有する人々、そのすべてが承知していることです」とありましたが、本当にそのことが理解できているならば、「原子力立国計画」など廃止して、一刻も早く原子力から撤退する政策立案作業に入るべきなのです。そうできるなら、後は、石川さんも言うように、具体的にどのような代替燃料の手当をするか、どのようにエネルギー消費量を減らしていくか、どのような発電設備を今後、建設していくかという立案作業があるのです。そのためには、ドイツでもスウェーデンでもそうしているように、多様な組織、個人が集まり、一つずつ問題を解決していく作業が必要なのです。

しかし、石川さんが「国の政策を決定する際、『その時々の権力者が中心となるのは世の常であり、万国共通』といっても過言でありません」(2007 年2月 8 日付、1 頁)と書いてきたように、現在の日本の国は、原子力の周辺に群がって利益を得てきた人たちだけで政策を作ってしまいます。そのため、先日の東洋町も含め、原子力施設を押しつけられた多くの人々が苦難に喘いできました。石川さんが「日本は民主国家であり、独裁国家ではありません」(12 月 20 日付)と書いてきたように、こうした政策立案作業は特定の個人がするのではありません。すでに何度も書いたように、多くの利害関係者が集まって一歩一歩作っていくべきものです。政策立案作業に関わっていない石川さんと私が議論することなど元々意味がありませんし、そんな議論をするために私の時間を使うつもりはないと何度もはっきりと書いています。ただし、どのような検討が必要になるかについては「2010 年日本エネルギー計画」も示して、石川さんにも勉強をお勧めしました。それに対しては、石川さんは無視しただけで、いつまでたってもオウムのように具体策・具体策と言うだけです。そんなに具体策がお好きなら「安倍イニシアチブ」の具体策をこそ問うべきだとお勧めしましたが、自分の不都合なことは石川さんは無視してしまいます。もっとも、私は石川さんが何をしようと興味がない旨表明してきましたし、今でもそうです。石川さんはお好きなようにおやり下さい。ただし、石川さんの求めるような議論は誰にとっても不毛ですから、誰も石川さんの相手などしないでしょう。そうすれば石川さんは自分の思いこみだけを繰り返し、相手に対して悪口雑言を浴びせるわけですから、誰だって石川さんを嫌います。NUMO すら石川さんを嫌っているとのことで、そうだろうと納得できます。私も石川さんの不毛な議論の相手をするために私の時間を使うことはお断りします。

何度も書いてきたように、私は愚かな国の政策に苦しめられてきた人たちに寄り添えるように、私の時間を使います。 以下には、今回の文書で石川さんが書かれていることに対してお答えします。

石川さんは「小出さんは以前、風力発電も「提要エネルギー」と述べられ、「太陽光発電や風力発電の一斉停止はない」と断言されましたが、私に一斉停止の事実やその可能性を指摘され、さぞ驚愕されたことでしょう」とあり、余りの馬鹿らしさ「驚愕」しました。この件もすでにきちんとお答えしたとおりです。「石川さんは東通村の風車が倒れた時に、『ウィンドファームにあるほかの24基の風車すべての運転を取りやめている』と書いてきましたが、これもまた些末な事実を棒大に誇張しているだけです。六ヶ所の風車が倒壊したからといって米国の風車が影響を受けるようなことなどありません」(2007 年 2 月 13 日付 2 頁)。

また、風車の風切音が周辺住民に苦痛を与えることがあることは周知のことです。したがって、風車の建設にもきちんとした環境影響評価が必要です。

石川さんの今回の文書には「小出さん、東京電力ワシントン事務所が『原子力 eye』に真面な意見を書いたからなんだと言うのですか」とあり、石川さんはとことん人の主張を理解する気がないのだと改めて分かりました。私が前回の回答でそのことに触れたのは、石川さんが「日本(先進国)は民主国家であり、国民に対し、抑制社会への移行を強要することはできません。貴方には、そういった民主社会の仕組みが理解できないのでしょうか」と書いてきたことに対する回答です。チェイニー副大統領が米国民に抑制社会への移行を強要できないとの理由で、エネルギー浪費を加速する政策をとったのです。それに対して東京電力ワシントン事務所すらが、そのようなエネルギー政策は不当だと言っているのです。せめてこの位のことは理解してください。

高レベル放射性廃物を都会におくことについては、石川さんは「搬入港から電力本社ビルまでの輸送方法など・・・」と書き、私の提案に対して「感情的な愚論」とこれまたレッテルを貼って済ませてしまいます。私は高レベル放射性廃物の安全な保管方法を知らないと何度も書いています。であるからこそ、そのような廃物を生む行為、原子力発電をまずやめるべきだと主張しているのです。都会であろうと過疎地であろうと、港に荷揚げし、それを輸送することにはもちろん危険が伴います。しかし、過疎地の住民にはその危険を押しつけてもよくて、都会の住民にはいけないという論理に私は与しません。さらに、都会の人たちにこの問題を知らせてこなかった国のやり方が汚いと主張しています。石川さんは「私たち国民一人ひとりに課された問題である」と書いていますので、結構なことです。エネルギーをふんだんに使ってきた都会の人々をこそ、この問題に向き合わせ、どうすればいいか考えさせるべきと私は思います。

最後に、石川さんは「質されれば答える、と述べながら、『原子力安全・保安院の分離独立』問題に対する小出論は記されておらず」と愚痴を書いていますが、もともと私は「質されれば答える」などと一度も言っていません。前回の私からの回答に「自分の発言には責任を持つつもりですので、私の発言に対するご質問であれば、それがどなたからのものであれ必ずお答えします」と書いたとおりです。「原子力安全・保安院の分離独立」問題など瑣末なことだと私は思ってきましたし、発言したこともありません。当然石川さんと議論したいとも思いません。そんな議論をしたければ、石川さんが別の相手を探せばいいだけです。

前回の回答に私は「私の周りの多くの友人・知人が、石川さんなど相手にしないよう私に忠告してきてくれましたし、今でもそう忠告してくれます」と書きました。それに対して石川さんは「小出さん、貴方自身でここまで述べてもまだ己の未熟さに気づきませんか。常識ある読者の多くが気づいていますよ。貴方の周りにいる多くの友人・知人ですら以前から気づいているのです。故に、議論を中止するよう忠告されたのです」と書かれてきて、ここでまた私は噴き出しました。石川さんが言う「常識ある読者」がどのような人かもちろん私は知りません。しかし、私の文章をここまでねじ曲げて読むのは、いかにも石川さんらしいと言うべきなのでしょうか? 改めて付け加える必要など全くないことですが、私の友人・知人たちが私に石川さんとの議論をやめるよう忠告してくれた理由は、石川さんの議論が余りにも不毛であるからです。そんな議論に時間を費やすことが余りにももったいないと心配してくれるからです。何度も書いてきたように私自身もそう思います。ただし私は、石川さんの議論がどうして不毛かを明示することで、石川さんの厄災が他の人たちに及ばないようにしたいと思いました。そのため、すでに 23 回ものやりとりをしてきましたが、私からこれ以上書くことはまったくありません。今回の回答の冒頭に書きましたように、私から石川さんへの回答は今回で最後にします。仮に、梱包がお好きな石川さんが配達記録を付けて文書を送ってこられたとしても、これ以上お相手しないことを明言しておきます。後はお好きな相手を探して、お好きなようにおやり下さい。せめて、石川さんに日本語の読解力があることを願います。     以上




仏の顔3度まで・・・いや こんな失礼な人に対して小出先生は3度どころか数えられぬほど寛容だった
お疲れさまでした というのが正直気持ち
質問者のあまりにもあまりを読んでいるだけでムカムカを抑えられずにいても小出先生の回答を拝見すればすっっーとそのムカムカが治まるのが不思議

ご苦労さまでした? にゃんだって? この厚顔無恥さはメガトンアベ級 
で許せることと許せないことがこの世の中にはある
小出先生と質問者が似ているだって? 鏡に写った姿だって? ざけたことを言うんじゃねええええええっ
貴様のような品がないことと崇高なことの区別もつかない野郎に金輪際 小出先生に関わって欲しくないのは言うまでもなく あんたの乗っている妄想列車はもう宇宙の果に飛んでいってくれって感じです
なんか本当に こんな人がいるんだなっていう初めての経験
あたしのまわりにはいなくて良かったバレッタカルカッタ 
でもたまに というか結構大笑いしてしまった事実も否みません

笑う ということは本当に素晴らしいことだというのは以前ご紹介した
http://newcaja3k.blog92.fc2.com/blog-entry-1557.html
質を問わず 笑う ということが良いことだと言うのだったらかなり笑わせてもらったわけね

質問者がどんな得意顔をして次から次へこんな妄想持論を展開していたんだろうかと見たい衝動に多々駆られたとも言っておきます
この レッテルこうがん質問者(睾丸でも抗癌でも紅顔でもない厚顔だよ)の無知さ加減と小出先生の素敵な為人が更に深まった議論?展開はここで本当にお終い
長々一緒に怒って呆れてくれて 更に原子力が如何に不必要で諸悪の根源なのかの理解を深めてくれた数少ない3K読者に感謝

最後に 小出先生の回答を、読みやすいように勝手に段落を変えました 原文はこちらから ↓
http://www.go.tvm.ne.jp/~koide/Hiroaki/remark/sotensya.htm


                            3hyogo23.jpg



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その㉒


公開論議のおける総括Ⅱ
http://www.go.tvm.ne.jp/~koide/Hiroaki/remark/sotensya/Q-No22.pdf

回答㉒
6月21日付「公開論議における総括Ⅱ」をいただきました。まったく石川さんは不思議な人です。「何故、不毛の論争を繰り返す愚を理解されないのか不思議でなりません」と書かれてきたのは石川さんご自身です(5月18日付「公開論議における結論Ⅴ」)。私も当初から石川さんの議論は不毛だと表明してきましたし、石川さんが私に対して質問があるのでないなら、石川さんとの不毛な議論に自分の時間を使うつもりはないと前回はっきりお答えしました。その石川さんが何故いまだに「不毛の論争を繰り返す愚を」を理解されないのですか?
石川さんの議論が何故不毛かは、すでに何度も書いてきましたが、まだ足りないようですので、再度整理して書いておきます。
私はかつて原子力に未来のエネルギー源としての期待を持ちました。しかし、すでにデータをつけて示したようにウラン資源は石油に比べても数分の1、石炭に比べれば数十の1しかないという著しく貧弱な資源なのです。そんなものに人類の未来を託そうとしたこと自体がばかげたことでした。そのため、原子力を進めようとする人はプルトニウムを使うのだと言いますが、そんなことをすれば地球の生命環境が破壊されますし、警察国家が避けられません。そして、プルトニウム利用に必須の高速増殖炉は技術的に難しく、すでにデータをつけて示したように日本の高速増殖炉実用化の目標年度は5年経てば10年先に逃げてきました。そんなばかげた計画にすでに日本は1兆円を超える資金を捨ててきました。そんな資金があるなら、太陽エネルギーの利用にかけるべきでしたし、そうすればはるかに有意義な成果が得られたでしょう。石川さんも認めるように、日本は地下のエネルギー資源が貧弱です。それなのに、日本は一人当たりのエネルギー消費量にすれば、すでに世界平均の2倍以上のエネルギーを使っています。そんな贅沢を維持し続けることは、今後世界のエネルギー需要が増加する中でますます困難になります。石油を得ることも大変ですが、ウランを確保することもまた大変です。もう何度も書いたことですが、どうすべきかははっきりしているのです。エネルギーの消費量を減らしながら、太陽エネルギーを中心とした自然エネルギーへの転換を図ることです。

石川さんは、今回の文書で「この程度のことは、責任を有する人々、そのすべてが承知していることです」と書かれてきました。まことに結構なことです。それなら、「原子力立国計画」など即刻撤回して、原子力から撤退する政策を作り始めればいいですし、石川さんも温暖化防止のために原子力が必要だなどと言うべきでありません。石川さんも含め、今、原子力を進めている人々がこの程度のことすら理解できていないからこそ、私は発言しているのです。

この私の主張に対して、石川さんは「ではどうすれば?」の具体策を示せと求めます。政治情報センター代表を名乗る石川さんにこのようなことを教えなければいけないことも情けないですが、すべての行為は方向を定め、それに向けて一歩一歩具体的な行動を積み上げていくのです。国家政策も、個々の自治体の政策も、そして個人の行為もそうです。

例えば、国が原子力から撤退するという方向を定めれば、それをどのように実現するかは、多くの組織や個人がそれぞれの考えを持ち寄り、一つひとつ合意を築きながら、一歩一歩進めるのです。スウェーデンやドイツも紆余曲折はありながらも一歩一歩、原発からの撤退の道を進めています。そのための政策を立案する作業に私が加われるのであれば、加わる旨もすでに書きましたし、どのような検討をすべきかについては「2010 年日本エネルギー計画・地球温暖化も原発もない未来への選択」(ダイヤモンド社)を示して、石川さんにも勉強をお勧めしました。しかし、実際に政策立案作業に関わっていない石川さんと私で具体的政策について議論することは意味がないし、そんなことに私の時間を使うつもりもないと何度もお答えしています。これもすでに前回書いたことですが、日本は「安部イニシアチブ」を出し、2050 年に温室効果ガスを 50%削減すると表明しました。石川さんは「国の政策に屈服しているわけではない」と今回自己弁護していますし、具体策、具体策と言うのであれば、石川さんは「安倍イニシアチブ」の具体策こそ求めるべきなのです。ただ、石川さん自身は、「国の政策を決定する際、『その時々の権力者が中心となるのは世の常であり、万国共通』といっても過言でありません」(2007 年2月 8 日付、1 頁)と権力の恣意的な政策決定を認めてしまい、さらには「『国や事業者から相手にされない』文書は意味がない」と主張して、全面的に権力に屈服します。そのような石川さんの生き方を私は選びません。日本の国の愚かで汚いやり方に抵抗する人たちも連綿と続いてきましたし、国とは違う方向の未来を築こうとする人々もたくさんいます。私はその人たちと連帯します。

また、今回の文書で石川さんは、高レベル放射性廃物を電力会社の地下に保管するべきだという私の主張に対しても、その具体策を示すようお求めです。そのこともすでに上に書いたことと同じです。高レベル放射性廃物は 100 万年に亘って生命環境から隔離しなければならない毒物です。現在の科学はその安全性を保証できません。そうであれば、今の段階で埋め捨てにすることは正しくありませんし、埋め捨てにできない以上、保管するしかないのです。高レベル放射性廃物を電力会社の地下に保管する場合、私はその施設が、国や原子力産業が現在計画している中間貯蔵施設と類似のものになるとすでに述べました。

その施設が完璧に安全なものと私は思いませんが、国や原子力産業は十分に安全だと主張しているものです。そして石川さんに教えたところで猫に小判であったようですが、原子力産業のブレーンすらが、中間貯蔵施設であれば都会に建設する選択肢もありうると述べている施設なのです。もし、高レベル放射性廃物を電力会社の地下で保管しようという方針が合意できるのであれば、あとはその場所の地盤を調べ、耐震を含めた安全性について配慮し、そして建築関連の考慮をしながら施設を設計し、実際に施工するのです。石川さんは、都会ではなく東洋町を含めた過疎地に高レベル放射性廃物の処分場を作ることには賛成のようですが、その場合でも、地下の状況を調べることから始まり、処分場の位置を決め、トンネルの掘削方法、埋設の具体的なやり方などを一つひとつ決めていかねばならないのです。そのことと同じです。石川さんはレッテル貼りがお得意で、特に自分の思い込みに反するものには「暴論」とか「愚論」とかレッテルを貼って済ませてしまいます。

今回も、高レベル放射性廃物を都会の保管施設に保管せよという私の主張に「暴論」というレッテルを貼っています。しかし、石川さんのやり方に習うのであれば、高レベル放射性廃物を電力消費に責任のない過疎地にカネと引き換えに押し付けることこそ「暴論」だと私は思います。

今回の文書で石川さんは「小出さんが主張する『エネルギー消費自体を抑制できるような社会構造つくりの重要性』をも承知しております」と書かれて来ましたので、結構なことです。しっかり認識してください。ただし、石川さんはこの文章に続けて、「日本(先進国)は民主国家であり、国民に対し、抑制社会への移行を強要することはできません。貴方には、そういった民主社会の仕組みが理解できないのでしょうか」とあり、これが政治情報センター代表を名乗る人の認識かと呆れました。

もう6年近く前に書いた文章ですが、下に貼り付けておきます。民主社会というのは構成員の欲望をそのまま放置する社会ではありません。世界や個別の国の状況を視、如何に困難を乗り越えていかれるかの方向をしっかり示し、一歩一歩合意を築きあげていくことこそ民主社会における国の役割です。その点もしっかり認識してください。
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米国は従来から世界一のエネルギー浪費国であった。2億 7000 万(世界人口の 4%)の人口で、世界全体が消費するエネルギーの4分の1を消費し、地球温暖化の元凶であるといわれる炭酸ガスもそれだけ放出してきた。その地球温暖化に関しては気候変動枠組み条約締約国会議(COP)が取り組みを進め、1997 年 12 月には日本が議長国となって、炭酸ガス排出量の多い国々に温室効果ガス削減目標を課す「京都議定書」を定めた。その当時も米国は国内産業界の反対で議定書の成立に難色を示したが、温暖化によって水没すると言われた島嶼諸国の切実な要求もあってようやくに成立にこぎ着けたのであった。ところがブッシュ政権になった米国は、「京都議定書」に従えば米国産業の活力が失われ、国益に反するとの立場から批准に反対。日本は、自らが議長国として定めた「京都議定書」でありながら、米国抜きの批准は実効を伴わないとの理由で最後まで米国の肩を持って抵抗。ボンで開かれていた COP6 は、大幅な後退を余儀なくされた。

新しい「国家エネルギー政策」の公表を前にチェイニー副大統領は「省エネは個々人の嗜好を縛るもので好ましくない」とコメントしたという。しかし、エアコンを 24 時間・365日つけっぱなしという浪費社会が地球環境を破壊してきた。そして、そのつけを払わされるのは、地球環境の破壊に責任がなく、かつ破壊された環境から身を守る力のない国々の人々、そして生き物たちである。そうした現実の前で、「個人の嗜好」と「自国の利益」を振りかざしてエネルギー過消費を加速するというのが米国である。日本の原子力業界誌「原子力 eye」に、「供給力が増加し、『個人の嗜好の問題』に国が何ら関与するのを避ければ、さらにエネルギー需要は増大する。無制限的に増大する需要に合わせ、供給も無制限的に増加させていくなどという循環はあり得ない。今の米国の1人当たり消費量でさえ、世界平均がそこに近づくことすらかなわない」と書いたのは、東京電力ワシントン事務所である。
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(「社会・科学・人間」第78号、2001年9月10日号)

なお、石川さんは、私が原子力の場に居ながら原子力利用に反対していることがお気に召さないようで、今回の文書も含め、たびたび私を非難してきました。しかし、原子力の場に原子力利用に反対する専門家がいることも必要だと私は思いますので、私は原子力の場に残っています。もともと、私の生き方について石川さんに相談するつもりはありませんし、指図される謂れもないことはすでに何度も書いたとおりです。国の愚かな選択に抵抗するため、今後も私は私の時間を使います。きっと石川さんは今後も国や企業の提灯持ちを続けるでしょう。石川さんの思い込みを押し付けられる行政担当者や住民団体、マスコミなどは著しく迷惑でしょうし、お気の毒と思います。ただ、これもすでに書いたことですが、私は石川さんがどのような意見を持とうと、どのような活動をしようともともとまったく興味がありません。余りに愚かだと私は思いますが、それを忠告する責任は私にはありません。

念のため、最後に書いておきます。私の周りの多くの友人・知人が、石川さんなど相手にしないよう私に忠告してきてくれましたし、今でもそう忠告してくれます。それでも私は、私に対するご質問であればどなたに対してもお答えしたいと思い、石川さんに対してもご質問が届く限りお答えしてきました。そのやり取りは今回を含めると 22 回になりました。そして、石川さんご自身が認めるように、すでにまったくの「不毛の議論」になっています。ただ、そのようにした責任を石川さんと私とでお互いに押し付けあっても意味がありません。議論を不毛にした責任がどちらにあるかは読者の判断に任せれば足ります。いずれにしても、こんな議論をこれ以上続けることは石川さんの指摘を俟つまでもなく愚かなことです。石川さんとのやり取りが始まった頃、石川さんの相手をしているとこちらまで下劣になりそうだと私は書いたことがありました。石川さんとのやり取りを続けてきて、ますますそうなってきてしまい、我ながら苦笑しています。前回も明白にお断りしたことですが、石川さんと私の双方が認める「不毛の議論」のために、私の時間をこれ以上使うことはお断りします。   以上


質問者のあなた
小出先生ではなく啖呵を切っている いや 切りまくっているのはあなた あなたのほうですよ
文面からだけで小出先生が如何に穏やかに何度言ってもわけわからんちんのあなたに仏の顔をし続けているか、もうわかりすぎて苦しいっす

というかふと思う
全く小出先生の文章を読んでいないのではないだろうか・・あと誰かさんと同じで漢字が読めないとか・・・(読めなくてもワードはちゃんと文章漢字交えて作ってくれる)

緊急事態宣言 解けたのね
ここで暮らしていると何も平素と変わりなしです
患者さんもいつも通りだし あ マスクしている人が多いくらい?
(あたしはマスクしたくないのであまり出かけないようにしているわけ)
なんかそこここあそこもここもマスクだらけって異様な雰囲気
あたしの常在菌やTキラーリンパ細胞は強いからコロナウイルスに負けない・・・ハズw

そんな自粛中だけど・・真夜中 丑三つ時にはまだ早い時刻にね
某お稽古の練習を屋上でしていて(広くないとできない)上手にできなくて、靴履いてるからちゃんとスルッと動けなくて、暗いから平衡感覚が鈍くなってるのかもで、1人転けそうになりながらあんまり可笑しくてゲラゲラ笑っていたら、隣のビル5階のベランダからものすごくビックリして(だと思う)あたしを凝視している人がいて硬直 死ぬほど恥ずかしかった あの人いつから見てたんだろう?? うぐぐ もう1人稽古は上手になってからじゃないとしたらいかんねって心に誓う💧💀


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その㉑


公開論議における総括 ㉑
http://www.go.tvm.ne.jp/~koide/Hiroaki/remark/sotensya/Q-No21.pdf

回答㉑
6月7日付「公開論議における総括」をいただきました。相変わらずの石川さんらしい文章で、私はいつものように呆れました。しかし、一応石川さんは「総括」のおつもりのようですので、私も総括的にお答えします。

かつての戦争で、米国は広島・長崎に原爆を投下しました。一瞬のうちのそれらの街は壊滅し、そこで日々の生活を営んでいた多数の非戦闘員が無惨な死を強いられました。そして、その原爆の圧倒的な威力を「平和」利用すれば日本のためになる、ひいては人類のためになると考えた人々がいました。しかし一方には、「平和」利用などと言っても、核に手を染めれば「軍事」利用の呪縛から逃れられなくなるとして、学術会議の場で多くの学者が「原子力平和利用」に反対しました。ご承知のはずですが、それを打ち破ったのは当時改進党の代議士だった中曽根康弘です。彼は 1954 年 3 月 3 日、突如として国会に原子力予算を提出しました。ちょうど米国のビキニ水爆で第 5 福竜丸が被爆し、母港である焼津に向けて帰りを急いでいた時でした。その予算額は 2 億 3500 万円で、何と核分裂性ウラン(ウラン 235)の質量数との語呂合わせでした。そんなふざけた予算も大きな議論のないまま成立してしまい、日本は一気に原子力開発にのめりこむようになりました。日本中が原子力の夢に酔っていた当時、例えばある新聞は以下のように書きました。
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「さて原子力を潜在電力として考えると、まったくとてつもないものである。しかも石炭などの資源が今後、地球上から次第に少なくなっていくことを思えば、このエネルギーのもつ威力は人類生存に不可欠なものといってよいだろう。(中略)電気料は 2000 分の1になる。(中略)原子力発電には火力発電のように大工場を必要としない、大煙突も貯炭場もいらない。また毎日石炭を運びこみ、たきがらを捨てるための鉄道もトラックもいらない。密閉式のガスタービンが利用できれば、ボイラーの水すらいらないのである。もちろん山間へき地を選ぶこともない。ビルディングの地下室が発電所ということになる」(1954 年 7 月 2 日、毎日東京新聞)
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しかし、日本が原子力に手を染め、すでに 55 基もの原子力発電所を林立させてしまった現在、日本の電気料は世界一高いものになってしまいました。もちろん原子力発電所は火力発電所をはるかに越える巨大工場となり、ビルディングの地下を含め都会には決して建設できないものでした。

そして、もっと突き詰めて言えば、原子力の資源であるウランなど「まったくとてつもない」ものどころか、大変貧弱な資源でした。ウランは石油に比べても数分の 1、石炭に比べれば数十分の 1 しかないという資源で、そのようなものを「人類生存に不可欠のもの」と錯覚したことがそもそもの誤りでした。そのことはすでに私から石川さん宛ての回答(2006 年11 月 7 日付、1 頁)に具体的なデータをつけて示してありますので、もしお忘れであれば、読み直してください。一応、図だけ再掲しておきます。

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石川さんは、だからプルトニウムを利用するのだとおっしゃるのでしょうが、プルトニウムはもともと原爆材料として作り出された物質ですし、人類が遭遇したうちで最高度の毒性を持つ物質です。それを大量に流通させるようなことをすれば、地球の生命環境が脅かされるのみならず、かつてドイツの哲学者ロベルト・ユンクが喝破したように、すべての国は警察国家とならざるを得ません。そんな未来は願い下げです。

では、どうすればいいのか? 結論は明白です。これまでのようなエネルギーの浪費をやめ、エネルギーの消費量が少なくても人々が平和で安全に生活できる社会構造を作ることです。そのためには、世界全体の変革が必要であり、困難で気の遠くなるほどの作業が必要です。ただし、何よりもまず必要なことは日本を含めたエネルギー浪費国家が自国でのエネルギー消費量を減らすことです。先のサミットで、日本は 2050 年までに世界の温室効果ガスの排出量を 50%減らすと提案しました。しかし、京都議定書で、2010 年から 2020年の時点で 1990 年に比べて温室効果ガスを6%減らすと約束した日本は 2007 年現在、1990 年に比べて 8%も増加させています。自分の約束も守らない国が偉そうにお題目を唱えても誰も信用しません。それなのに、その提案を何と「安倍イニシアチブ」と言ったのだそうで、その軽薄さに私は呆れました。

さらに、石川さんはパトリック・ムーア氏を持ち出して、原子力が必要だと抗弁していますが、温暖化の本質はエネルギー浪費自体にあるのです。それを理解できないムーア氏が愚かなのです。日本の原子力関係者は自分たちの利益のために、いっせいにムーア氏を神様のように祭り上げましたし、石川さんも同じです。愚かさの上塗りとでも言えばいいでしょうか。 安倍が言おうと言うまいと、現在の日本のエネルギー消費量は半減すべきものです。ただし、半減できたとしても、いずれにしてもエネルギーが必要であること自体は変わりがありません。そのために、地下資源が少ない日本が考えるべきは太陽エネルギーの活用なのです。これもすでに前頁に再掲した図に示したように、太陽は、地球が 46 年の歳月をかけて育んできた地下のエネルギー資源に比べて、はるかに巨大なエネルギーを毎年毎年地球に届けてくれています。もちろん、太陽エネルギーも人類だけが使っていいものではありませんので、生態系を破壊しない程度の量を、破壊しないようなやり方で、ありがたくいただくしかありません。

原子力などに期待を寄せることはもともと馬鹿げたことです。そして、原子力発電所など即刻全廃しても、電力供給にはまったく支障がないということも、すでに私は具体的なデータをつけて示しました。一刻も早く夢から覚めて原子力を廃絶し、化石燃料の使用も減らしながら太陽エネルギーの活用の道を築くことが必要なのです。

もちろん、そうするためにはたくさんの困難もあるし、長い時間がかかることも当然です。だからこそ一刻も早くきちんとした政策を構築しなければいけないのです。ところが、日本では一部の利害関係者だけで政策が策定されてしまい、呆れたことに最近では「原子力立国計画」などと言ってますます原子力への傾斜を深めようとしています。そして、石川さんにいたっては、「国の政策を決定する際、『その時々の権力者が中心となるのは世の常であり、万国共通』といっても過言でありません」(2007 年2月 8 日付、1 頁)と言って、はじめから国の政策に屈服してしまって議論を始めます。このような議論をするのであれば、常に権力が敷いた路線を守ることしか出来なくなります。私はそうではなく、未来を築こうとしています。そのための原則的な方向はここでも述べたとおりであり、その実現のために、私は私の力を使おうとしています。

石川さんは今回の文書に、滋賀県、高知県、福島県などの行政とのやり取りを書かれてこられましたが、私から見れば、石川さんの主張より各県関係者の主張の方がはるかにまともです。福島県の方にいたっては私の主張を「きれいに纏めていますね」と評価してくださったそうで、ありがたく思います。石川さんは私が示している方向を実現するための具体策を私が示していないとご不満なようです。しかし、私は原子力を即刻全廃すべきであり、それが可能であることも具体的なデータをつけて示していますし、長期的には太陽エネルギーに依存する以外にないことも具体的なデータを付けて示しています。もし、その基本的な方向について合意できるのであれば、次には個々の政策を作って行く作業が必要となり、それは多数の組織や個人が集めって利害を調整しながら行くしかないのです。

その作業が具体的にどのようなものになるかも、私はすでに「2010 年日本エネルギー計画・地球温暖化も原発もない未来への選択」を紹介して示しています。石川さんは、私に具体策を求める前に、京都議定書、あるいは 2050 年に温暖化ガスを半減すると表明した日本政府にこそ具体策を求めるべきでしょう。もちろん、すでに京都議定書を守ることはまったく出来なくなっていますし、2050 年の目標を実現するための具体策など何ら示されていません。石川さんは、福島県の人に「国や事業者から相手にされない」文書は意味がない」と説教を垂れたようです。石川さんはお好きなように国や企業の提灯持ちをしてください。

すでに今日では、若者を含め多くの人たちが、エネルギー浪費の弊害に気づくようになっており、それぞれに個性を生かして、エネルギー浪費社会を変える活動を始めてくれています。私はその人たちと共に活動します。

石川さんは今回の文書の冒頭で「小出さんは、『石川さんが公開質問状を送ってこられるので、私はお答えしているのです』と錯覚されているようですね。昨年 12 月 8 日以降、私が求めているのは反論であって解答ではありません」と書かれて来ました。ここを読んで私は噴出しました。錯覚しているのは石川さんです。私は当初から石川さんの議論には価値がない旨お答えしています。しかし、自分の発言には責任を持つつもりですので、私の発言に対するご質問であれば、それがどなたからのものであれ必ずお答えします。そして実際に石川さんからの思い込みの羅列に対しても、今回の文書でもそうしたように何度も繰り返しお答えしてきました。ただし、私は現在の国のやり方に抵抗するために 1 日 48 時間欲しいと思い続けています。石川さんから思い込みを押し付けられる行政の担当者もお気の毒と思いますが、石川さんの議論の相手をする責任ならもともと私にはありません。すでに石川さんとのやり取りは 21 回となり、石川さんご自身も認識されているようにすでにまったくの「不毛の論争」になっています。ただし、そのやり取りはすべて公開しましたので、どうして「不毛」になったのかは読者に判断を任せればすみます。石川さんは私に対して回答を求めているのではないとのことで、それなら、これ以上「不毛の論争を繰り返す愚」はお断りします。

国の愚かなで過酷なやり方のために、多くの地域で深刻な対立が生み出され、たくさんの人々が傷つけられてきています。私はできればその人たちに寄り添いたいと思いますし、国に抵抗するためにこそ私の時間を使います。  以上



この質問者、妄想列車は加速しまくり遠心力で宇宙の果に飛んで行けばいいのに・・・
小出先生は本当に誠実な人なんだなぁ 繰り返し繰り返し訳のわからん暴言を浴びせかけられても全く動じず(当たり前)最初から一貫した普遍性に満ち溢れ愛がこもった返答がなされているのが本当にすごいと思う 金太郎飴みたいにどこをとっても同じ、辻褄が合わないところがない!
見れば見るほど読者は質問者なんてどーでも良くなって小出先生の人となりに感銘しちゃうのである
(でも本当はあまりにも失礼過ぎて後ろ回し蹴りを食らわせたい)



今断捨離をしている
いつ死ぬかもしれない
なるべくみんなに迷惑をかけないようにしておかないとならぬ
捨てがたい素敵な器を発見
早速 ほうれん草のおひたしを入れてみる 可愛い
これは筒茶碗(お茶の)かしら なんだろう
食卓に並んだ料理の前で院長がこの器を凝視 ガン見


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院長
「わし これ知っている」
あたし
「2階の開かずの棚の中にあったんだよ」
院長
「・・・・・・・これ・・・」
あたし
「なにこれ? 大おばさまの茶道具?」
院長
「いいや・・・・線香立てだったやつ」
あたし
「・・・・・・せっせっ」


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その⑳


公開論議における結論Ⅴ ⑳
http://www.go.tvm.ne.jp/~koide/Hiroaki/remark/sotensya/Q-No20.pdf

回答⑳
5月18日付「公開論議における結論Ⅴ」をいただきました。今回の石川さんの文書にも、「何故、不毛の論争を繰り返す愚を理解されないのか不思議でなりません」とありました。前回もまったく同じ文言が石川さんの文書にあり、私はそれに「正直に言って、ほとほと呆れました」とお答えしました。今回もまた同じ文言が書かれていることに、私は呆れるのを通り越して、首を傾げています。石川さんこそ実に不思議な方です。すでに前回はっきりとお答えしたように、石川さんが私に公開質問状を送ってこられるので、私はお答えしているのです。石川さんが「不毛」と思われるのであれば、いつでもおやめください。私は、私に対するご質問やご批判にはどれに対してもお答えするように努めてきましたので、石川さんから繰り返し送られてくるご質問にも、できる限り議論を噛み合わせようと、石川さんの質問項目ごとにお答えしてきました。
また、石川さんが私の回答の内容を「不毛」と思われるのであれば、それは石川さんにこそ原因があると私は思います。しかし、そのようなことを論争の当事者である石川さんや私が判定して、押し付けあっても意味がありません。読者に任せれば足りると私は一貫して書いています。今回の文書によると、石川さんは次回、「総括」するのだそうですが、「不毛の論争を繰り返す愚」をやめるために、そのような無意味なことはおやめになった方がいいでしょう。石川さんが、私から見れば「不毛」な「総括」を書かれてくれば、何故それが不毛か私はお答えします。そうすると、これまでの経過から見て、石川さんは「総括Ⅱ」「総括Ⅲ」・・・と続けるでしょう。まことに愚かなことです。今回石川さんが書かれてきたことも、石川さんの表現によればまさに「環状論」で同じことの繰り返しだけです。仕方がありませんので、これまで同様、項目ごとに再度お答えします。

1.何度お答えしても石川さんには通じないのですね。問題は原子力発電を「即刻」廃絶できるか否かにないと何度も繰り返して書いています。原子力は廃絶できます。また、しなければいけません。そのためには代替エネルギーをどうするかの議論も必要ですし、さらに重要なことはエネルギー消費自体を抑制できるような社会構造を作ることです。何度も書いているように、そのためには長い時間が必要です。だからこそ一刻も早く原子力を廃絶するための道に踏み出すべきだと私は主張しています。そのためにどのような作業をしなければいけないかの例についても、すでに 2006 年11 月 7 日付の私からの回答で以下のようにお答えしています。
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なお、具体的な政策立案に当たってどの様な作業が必要かについては、たくさんの検討がすでになされてきていますが、たとえば下記の本がご参考になるはずです。石川さんが必要だと思われるなら勉強されることをお勧めします。
市民エネルギー研究所、「2010 年日本エネルギー計画・地球温暖化も原発もない未来への選択」、ダイヤモンド社
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なお、ブッシュの件は、政治情報センター代表を名乗る石川さんに対して私から講義する必要はないはずです。自分の気に入らなければ、暴力的に主権国家に攻撃を仕掛けて転覆させる大統領です。それもエネルギー資源の確保が目的の一つです。また、自国産業にとって利益にならないとして、京都議定書すら拒否する国なのです。その米国では 1978 年以降すでに 30 年に亘って原子力発電所の発注が1基もなく、原子力産業は疲弊の極に達しています。そのてこ入れにブッシュが動いたことを理解できませんか?

2.石川さん、初めからちゃんと考えてください。この項の議論は石川さんが一番初めの公開質問状で、原子力が必要だという根拠に「不安定な電源を主力電源にするわけにはいきません」(2006 年 10 月 10 日付、1 頁)と書かれてきたので、私が「太陽光発電や風力発電を含め、いかなる発電方法にも固有の問題があることは当然です。しかし、事故があればいっせいに停止を余儀なくされる原発にもまた安定供給に問題があります。
原子力は安定電源だなどという主張であれば、そもそも誤りです」(2006 年 10 月 17日付、1 頁)とお答えしたことから始まったのです。石川さんの「安定電源」の定義が意味であると私は主張しています。そして、「それぞれの発電方法が持つ不十分さを補えるようにすることこそ、安定的に電力を供給する道です」(2006 年 10 月 24 日付、1 頁)とお答えしています。そして、そのことは原子力を廃絶しても可能です。石川さんの定義によれば火力発電も「安定電源」だそうですので、石川さんの論拠に従っても、原子力を廃絶できます。同じ議論を繰り返さずに、きちんと考えてください。

3.石川さんは議論をするにあたって相手の言い分を理解するつもりがないことはすでに十分に分かりました。この項での議論は核廃絶のためにどういう手段が有効かという議論のはずです。前回もはっきりと書きましたが、石川さんは、現時点で一部の人たちが「核兵器にするプルトニウムなど 1 グラムも存在しない」と言っているから、日本が核開発することは将来もないと主張します。それに対して、歴史の大きな流れの中ではそのような主張は意味がないし、石川さんの主張は間違いだと私は主張しています。そして、核を廃絶するための最良の道は核=原子力技術に手を染めないこと、そして核兵器材料であるプルトニウムを単独で取り出さないことだと何度も書いています。もし、その私の主張が間違いだというなら、石川さんこそきちんと反論してください。何の議論も不要などと私は一度も書いていません。
なお、今回の石川さんの文書には「小出さんは『反対ありき』ですが、私は『賛成ありき』ではありません」とあり、笑いました。私ははっきりとお答えしているように原子力利用に反対です。一刻も早くそれを廃絶させるために私の力を使います。その理由も、今回のやり取りの中でも何度も書いてきました。そもそも都会で引き受けられないほどの危険を持つ原子力発電所を過疎地に立て、長い送電線を引いて電気を都会に送るということ自体が誤りです。また、不可避的に生み出す核のごみの処分方法も知らないまま原子力を利用し、そして生み出してしまった核のごみはまた過疎地に押し付けようとするなど、愚の極みです。それだけをとっても原子力を即刻廃絶する根拠になると私は思います。その上、すでにデータをつけて示したように、原子力を使ったところで利用できるエネルギーの量は微々たるものでしかありませんし、プルトニウムに手を染めれば、核の拡散から逃れられなくなります。
石川さんは「賛成ありき」ではないとおっしゃるので、結構なことです。原子力の功罪をしっかりお考えください。

4.石川さんは物事の本質をお分かりにならない、あるいは意図的に論点をずらせて、議論から逃げるのがお得意です。私からの 2007 年 3 月 22 日の回答で書いたように、望月・資源エネルギー庁長官は、高レベル放射性廃物処分場に応募した自治体について「予備的な調査とはいえ、受け入れた自治体には国のエネルギー供給の問題を国民を代表して考えてもらうことになる。自治体を二分するような議論も起こるわけで、相当大きな重荷を背負っていただく。その見返りに交付金を出すのは合理的だ」(朝日新聞、2007年 2 月 25 日朝刊)と述べたのです。それに対して私は、交付金をばら撒くことで過疎地の住民に「国民を代表して」この問題の議論を押し付けるようなことはしてはならないと主張しています。石川さんが書かれているように、議論が分かれるのはもちろん「民主社会」の故です。ただし、問題はそのことにあるのではなく、都会の住民を含め大多数の国民に核のごみの深刻さを伝えないまま、カネの力でそれを過疎地に押し付けようとしていることなのです。なお、地上保管施設の安全性、危険性の議論はもちろん大切です。国が地層処分をあきらめ、地上保管に切り替えるという賢明な選択をするのであれば、多数の専門家、関係者が集まって細かな検討をしながら、少しでも危険を減らす方向で作業すべきです。
前回の私からの回答に書いたように、地上保管施設の細部の仕様を決める作業も実に大変で、建設地をどこにするかでも左右されます。まずは方向を定め、一つずつ決めていくべき事柄です。もしそうなるのであれば、その時に私はその議論に参加します。ただし、今現在日本の国は地層処分を「唯一」の方針として法律で定めてしまい、地上保管施設の検討などまったくする気がないのです。そのような現状においては、地上保管施設の詳細を議論することより、国の方針そのものを改めさせることの方が重要な課題です。そのために、私は私の力を使います。
なお、石川さんは今回の文書で、「『瑣末な事実かどうかは議論の結果によって判断されるべきものですよ』!それなのに、『石川さんがどのように事実を認識するかは石川さんの自由であり』云々と述べるようでは仕方ありませんね」と愚痴を書かれています。
私は、私の発言に反論しようとして石川さんが大げさに取り上げる事実が実は瑣末なものだということについては、根拠をつけてお答えしています。ただし、私の発言と関係ないことについては、お答えしませんでした。そうしたら、石川さんが「答えてない」と私に答えを催促してこられましたので、何故お答えしなかったか、前回の回答でお答えしたのです。その例として、石川さんが高レベル廃物埋め捨ての法律が成立したことの責任を埋め捨てに反対した人々に押し付けたことに対して、そのような事実の認識の仕方は余りに愚かだとは思うけれど、その愚かさを忠告する責任は私にはないとお答えしました。石川さんはご不満かもしれませんが、石川さんがどのように考え、どのように行動するか、私にはもともと何の興味もありません。ご自由におやりください。国が巨大な力で進める原子力に抵抗するために、私は 1 日 48 時間欲しいと思い続けてきました。それでも、私の発言にはもちろん責任を持ちますので、今後も、私の発言に対するご質問、ご批判であればお答えします。しかし、私の発言と関係のないことで、石川さんがどのように思われようと、それにコメントしたり忠告したりする責任は私にはありません。    以上



毎度のことだけど本当に変な人だ この質問者
妄想列車のスピードがどんどん加速し更に増して行くのだ 最初は西武線の急行位だったけど今はひかりと同じくらいかな
そのうちどんどん酷くなってリニアの域 で最後は制御不能に陥るの間違いなし


はい 最近色々あって葬儀屋さんのAくんとやり取りしているわけ
AくんはDちゃん絶賛のハンサムくん 
あたしよりすっごく年下なのにお兄さんみたいな存在
Dちゃんを抱腹絶倒させた彼の名言 あたしに対しての
「高校生のままこんなに大きくなっちゃったんだね・・・」
「まともな恋愛してこなかったんだねえ・・・」


あたし
「あのね 言っておくけど あたしはね 黒いね おかん じゃなくて ひつぎ 
で中 内張りは真っ赤なベルベットなわけ
NCISのアビゲイルシュートがベッドに使っていたドラキュラ伯爵御用達のあれ 
でね Dちゃんが木の樽に白装束で膝抱えて頭に三角のつけて入れてやるって言っているから気をつけないと・・」
江戸時代じゃああるまいし、それにあんなのに入れられたら焼く所に入れねーっつの

Aくん
「・・・でも黒いで 赤いベルベットのチャンチャンコで 三角のビキニ で納棺なんて 僕には出来ない 

・・・ちげーだろ
人の話ちゃんと聞いてんのかっ!! 危ない ヘラヘラおちおち死んでなんていられない・・・

顔に落書きまでは許します
でもお願いだからどじょうすくいのあれ 鼻に楊枝? あれだけは止めてね お願い 


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